『拒否できない日本』−アメリカ合衆国のための日本政府

 マンションの耐震強度偽装事件で、その物件の多くの建築確認を民間のイーホームズが行っていたことで、建築確認の検査機関を民間に開放した規制緩和に対して、マスコミ等で様々な意見が出た。しかし、それは一連の規制緩和の一部でしかなく、1998年に建築基準法アメリカの意向によって大改正されたことはあまり知られていない。

 建築基準法の改正を検討した建築審議会の答申書によると、建築基準法の基本的ルールを「仕様規定」から「性能規定」に改め、それを「必要最低限」のレベルにとどめ、しかも「海外の基準や国際規格」と整合させる必要があると提言していた。このことから、阪神大震災とは無関係の改正だったことがよくわかる。

 これらのことは、関岡英之著『拒否できない日本 アメリカの日本改造が進んでいる』(文春新書 2004年)に書いてあるのだが、今回は、この本の「2 対日圧力の不可解なメカニズム」(p41−85)を時系列順に直したうえで見ていくことにする。

 1970年代、アメリカが対日貿易赤字に陥り、日本と通商交渉したが、なかなか解決できなかった。

 転機となったのは、共和党レーガン政権に入ってからで、1983年、日米円ドル委員会を設けて、円安は日本の金融市場が閉鎖的なことが原因だとして、円の国際化と金融資本市場の開放を強く要求した。レーガン政権は軍事費増と減税によって、双子の赤字に苦しんだことから、経済に対する自由放任主義から積極的に介入する方向に方針を転換したのである。

 1984年、日米円ドル委員会報告書が出て、日本の銀行の国際金融業務を規制緩和することになった。

 1985年、プラザ合意で人為的にドル安にするとともに、日本を標的にした新通商政策アクション・プランを発表する。

 1988年、新通商政策アクション・プランに沿って、「包括通商・競争力法」(その中の一方的報復条項がのちにスーパー301条と呼ばれるようになる)を制定する。

 1989年、アルシュ・サミットでブッシュ大統領が日米構造協議を提案し、宇野首相が受け入れる。この年、アメリカが日本に対して初めて、スーパー301条を発動する。

 日米構造協議は、日本政府関係者のひとりが「まさしくこれはアメリカの第二の占領政策だ・・・これが漏れればたいへんなことになる」とつぶやいたエピソードがあるように、主権国家に対する内政干渉だったが、日本国内には違う反応もあった。

p64

 しかしこの国の不幸は、ひとたびアメリカから圧力がかかると、反発が起きる一方で、「いざ鎌倉」ならぬ「いざアメリカ」あるいは「外圧サマサマ」という反応が同時に現れることだ。このときも「アメリカの指摘は族議員監督官庁・業界団体が三位一体となった、不透明で腐敗した日本の構造問題を鋭くえぐり出して日本の消費者や国民の前に明らかにしてくれた」と歓迎の辞を述べる声が出はじめた。特に、消費者団体や規制緩和を推進しようとするグループは、アメリカこそ待ち焦がれていた健全野党だと賛美した。

p65

 「規制緩和」であれ、「民主化」であれ、よその国の政府がわたしたちの国のことに口をはさんでくる場合には、その真意をよくよく推し量ってみる用心深さが必要ではないだろうか。

 日米構造協議のときに、アメリカ政府が膨大な人員とエネルギーを費やして日本の商習慣や社会構造を調べ上げ、日本の政府に対して改革を繰り返し要求したのは、ほんとうに日本の消費者の利益を改善することに関心があったからだろうか?アメリカの選挙民や政治献金のスポンサー企業は、アメリカ政府が日本の消費者のために熱心に働くなどということを喜ぶほどおめでたいのだろうか?

 日本に対する内政干渉は、日米構造協議を経て、年次改革要望書という形で制度化されることになる。

 1993年、宮沢・クリントン会談で両国が「年次改革要望書」を毎年提出することで合意する。

 1997年、橋本・クリントン会談で、「年次改革要望書」が「強化されたイニシアティブ」に引き継ぐことに合意する。

 2001年、小泉・ブッシュ会談で「強化されたイニシアティブ」が「改革イニシアティブ」に引き継ぐことに合意する。

 アメリカの要求は、商法大改正、公正取引委員会の規制強化、司法改革など多岐にわたっているが、最近まで5つの優先分野が指定されていた。通信、金融、医療機器・医薬品、エネルギー、住宅の5つであるが、建築基準法が大改正されたことなどによって、2001年以降、住宅分野が優先分野から姿を消した。住宅分野でアメリカが要求していたのは、木材製品の輸入拡大だった。

 アメリカ、特に共和党政権についていくことが日本の国益になるという人が多いが、関岡氏は次のように指摘している。

p81

 むしろ民主党(主としてクリントン政権のイメージだが)が、けたたましく叫びながら手当たり次第に肉や皮を斬りつけてくるとすれば、共和党は静かに微笑みながら、後ろから背骨の急所を狙って刺そうとする凄味を持っているような気がする。しかしそのことで民主党共和党に文句を言ってみてもはじまらない。アメリカの政党である以上、アメリカの選挙民の利益を最優先するのは当たり前だからだ。同盟国なんだから日本の立場も考えてくれているはずだなどと幻想を抱く方がどうかしているのである。老獪なアングロ・サクソンを前にして、彼らの善意を期待するなど危険なほどナイーブなのではないか。

 私は冷戦終了後も日本がアメリカに対して同じ行動をとり続けたことが事態を悪化させたのではないかと思った。冷戦時はアメリカについていくことが国益だったと仮定しても、冷戦後はアメリカと距離を置くことが必要だったのではないか。日米ともに、冷戦後は国益が変化するわけで、湾岸戦争国際貢献、最近では北朝鮮と、アメリカについていく理由が次から次に浮上してくるが、それらはアメリカが、冷戦終了という根本的な変化を隠すためのカモフラージュとして使っていたのではないか。

 中韓などアジア諸国やヨーロッパ諸国との関係を強化する全方位外交は、平和主義という観点からだけでなく、アメリカとの間で有利な立場で交渉を行ううえで必要だと思うのだが、小泉首相の外交は中韓に対しては強硬に主張しても、アメリカに対しては交渉をするというよりも、アメリカの主張をそのままのんでいるだけではないかと思えてくる。

 外資系保険会社のコマーシャルの氾濫を見るたびに、アメリカ合衆国に対して反感が募り、私はにわかナショナリストになるとともに、日本のことを自分で決めようとしないコイズミとタケナカの顔が浮かんでくるのである。

参考URL

自著を語る 関岡英之(文藝春秋)

日本政府に規制改革要望書を提出(在日米国大使館)