フランスのEU憲法否決(2)恐怖の政治

 フランスのEU憲法反対派は、EU憲法新自由主義的な面に反対していたといわれるが、実際にはEU憲法自体に反対していたというよりも、EU憲法国民投票で否決することが目的であって、そのために工場移転や移民などによる失業といった有権者の恐怖感に訴えかけ、功を奏したというのが実情のようだ。 J1 やっぱりこれが書かずに...(fenestrae)
「恐怖感」にアピールするやりかたはこれまで通常極右のお家芸で、左派は「不満感」に訴えてきた。今回はこの「恐怖感」が左派のノン派の中で増幅されている。そしてその恐怖感に訴える「魅惑」がマスコミをも包んでいる。2002年の大統領選挙で、「治安低下」という観念を右派、保守派がうまく利用したことで、その時点でみれば35時間労働の実施にともなうぎくしゃく以外に首相としてはさしたる政策の失点のなかった--失業率を下げ、住民皆保険の導入に成功した--ジョスパンがル・ペンより下におかれた。あのときの「治安低下」と同じような役割を、「自由主義経済の行き過ぎ」「工場移転」「社会的ダンピングが」が果たしている。もちろんこうした問題は厳然とある。しかし、欧州憲法をこれらの問題に結び付けるキャンペーンの中で、労働問題にかかわる一つ一つのニュースが特別な輝きを帯びる。これは結局すべてのメディア受容を覆ってしまった。
 EU憲法が本当に新自由主義的なのかについては、fenestraeさんが「 [TCE]「競争が自由で歪められることのない域内市場」で取り上げている。それによれば、第3条2項に
連合はその市民に、内部の国境のない、自由と安全と正義(司法)の領域を与え、また、競争が自由で歪められることのない域内市場を与えるものとする。
という表現があり、フランスで大論争になった。それについてウィのリーダーが人々にわかるように説明することができず、ノンに対する防戦的な説明しかできなかったという。  このように、EU憲法新自由主義的かどうかについては、意見が鋭く分かれている。さらに、EU憲法は各戸に配布されたようだが、膨大な条数からなっていて、EU憲法を評価することは一般の有権者には難しいと思われる。このことから、EU憲法自体に反対した人よりも、失業の恐怖感や内政への不満によって反対に投票した人が多かったことは容易に想像できるし、世論調査からもそのような結果が出ている。  今回の国民投票の設定の仕方に無理があったのではないか。結果的には、難解なEU憲法国民投票にかけたシラク大統領の政治的判断ミスといえる。ドイツのように議会の可決にとどめればよかったものを、シラク大統領としては国民投票で可決して政治的威信を高めたかったようだが、否決されてライバルのサルコジ氏の威信が高まり、EUの政治的危機を招いてしまったのだから、典型的なハイリスクハイリターンの失敗例を見る思いがする。  シラク大統領の動機からしておそらく政治的なのだから、国民投票が政争に利用されても仕方がない面はあるが、反対派が利用した恐怖の政治はいただけない。恐怖の政治はアメリカ共和党やオーストラリア自由党が利用して成功し、先日のイギリス総選挙で保守党が利用して失敗した。 「恐怖の政治」山口二郎(PUBLICITY(「自由な言論」はどこにある?))
もう1つは、アメリカ、オーストラリア、オランダ、オーストリアデンマークなどで繰り広げられた右派による「恐怖の政治」という手法がイギリスでも有効なのかどうかということです。 恐怖の政治とは、人間の生存そのものを脅かすような危険、脅威の存在を煽り立て、それに対して強硬な対応を取る右派政党への支持を集めるという手法です。 アメリカにおけるテロとの戦い、オーストラリアにおける移民排斥などがその成功例です。アメリカのような宗教の影響が大きな社会では、道徳を崩壊させる異教徒、無神論者の侵入というのも、同じような恐怖をあおります。 イギリス保守党は、オーストラリア保守政権の選挙参謀であったリントン・クロスビーという男を招聘し、今回の選挙戦の戦術を考えました。それが、移民、難民問題です。 移民が増えている、難民申請を却下された不法滞在者が増えているとしきりに叫び、それが治安の悪化、社会の荒廃をもたらしているというわけです。 その中では、当然デマや虚偽が撒き散らされます。実際、フランスのカレーにイギリスへの船を待つ難民の大群という写真が大衆紙に出ましたが、実際にはそんなものはありませんでした。
 EU憲法国民投票でフランスの左派メディアは、ル・モンド・ディプロマティーク誌が反対の論陣を張り、ル・モンド紙とリベラシオン紙が賛成の論陣を張った。ちなみに、Attac Franceはル・モンド・ディプロマティーク誌の呼びかけから生まれているので、両者の論調は当然ながら極めて近いようだ。fenestraeさんは、反対派には誤った宣伝が多かったという。 J1 やっぱりこれが書かずに...(fenestrae)
実のところは、左翼のノン派の偽善に対する私の不信の最も大きい部分は、もっと身近で単純なところ、つまり、ノンを主張するにあたって真実を語っているかという点にはじまった。私の個人的な検証では、残念ながら左翼のノンは、極右のノンほどではないにせよ、最初にノンありきがゆえの事実にもとる主張が多い。この憲法の欠陥を隠そうとしていると彼らが批判する右派のウィにくらべても、格段に、誤った宣伝が多い。「欧州憲法を人民のものに」という共産党その他の主張を信用できないのは、まさに誤った宣伝によって「人民」からテキストを奪おうとするその知的な不誠実さゆえである。
 私はフランスの反対派の主張を読んでいるわけではないので、本当に誤った宣伝が多かったどうかはよく知らない。  ただ、インターネット社会になっても、情報操作は後を絶たないし、米英によるイラク戦争大量破壊兵器にみられるように、プロパガンダは党派にかかわらずどの組織でも行われる。それらに対しては、十分に気をつけたいところだが、正しい情報を知って、それを正しく流すことは意外と難しいことであるので、それに加え、受け取った情報が本当に正しいかどうか疑う姿勢も身につけたいと思った。