ベネゼエラで反グローバリズムが信任される

 先日、「『金で買えるアメリカ民主主義』を読む(2)」でベネゼエラのチャベス大統領に言及したところ、その直後、ベネゼエラでチャベスを罷免するかどうかを問う国民投票が行われた。私は普段中南米に関心を払っていなかったので、国民投票が行われることは知らなかったのだが、こうなれば取り上げないわけにはいかない。パラストの本からそれてしまうので、別記事でまとめてみることにした。  ベネゼエラは日本から遠いため、日本では情報が少ないのだが、ジャーナリストの益岡賢氏はコロンビアを調査しているようで、その関連で氏のページにはベネゼエラのことも詳しい。  「ベネズエラ…何が起きたのか?」では、2002年4月のクーデタ未遂事件のことが詳しく載っている。時系列でまとめると次のようになる。   4日  公社の高級・中級社員による石油会社職員スト 6日  労働総同盟と経団連の共同スト     民間テレビ局や新聞は,これに呼応してチャベス非難のキャンペーンを開始 9日  ゼネスト始まる 11日 資本家と労働組合による反政府デモ始まる     反チャベスのデモ隊とチャベスの支持者が大統領官邸前で衝突     チャベス大統領、非常事態を宣言     国家警察の反乱、政治警察の不服従宣言     陸軍本部とバスケス総司令官の反乱 12日 特殊部隊の大統領官邸突入とチャベス拘束、強制連行     軍民評議会の成立.労働組合は排除される     バスケスチャベス派活動家への攻撃     カルモナの爆弾発言     バドゥエル准将の不服従声明 チャベス派の反撃開始 13日 チャベス派の大群衆が出現     労働総同盟,カルモナへの支持を拒否     フリオ・ガルシア将軍が不服従声明.軍の分裂     バスケス総司令官,カルモナ支持を事実上取り下げ     近衛兵団,カルモナを放逐 14日 ミラフローレスで最後の衝突、チャベスの生還  この時系列が正しいとすると、『金で買えるアメリカ民主主義』p281の「24時間以内に生還した」というのは「48時間以内に生還した」の間違いだろうか。  この事件を外国からわかりにくくしているのは、労働総同盟が実は資本家丸抱えの組合で、民間テレビ局・新聞社も反動的なメディアだったことだろう。普通、労働組合と民間メディアは政府に批判的というのが、先進国の一般的な姿だが、先進国の常識をベネゼエラに当てはめると事態をまったく反対に読み違えることになる。 ベネズエラ…何が起きたのか?(益岡賢のページ)
なぜ,日本で事件の全貌が報道されなかったのか  おそらくいちばん正確な解答は,あまり関係ないからということだろう.確かにベネズエラは地球の反対側,遠い国である.プロ野球のペタジーニくらいしか知られていないだろう.日本の移民もほとんどいないから,南米のなかでも知られていない国のひとつである.  また南米でクーデターといえば,年中行事のようなものだ.チャベス自身もやっている.いみじくも彼が述べたようにクーデターはラテンアメリカの悪しき伝統となっている.  だが私はあえてかんぐりたい.そこには「有事とは何か」が,あまりにもはっきりと浮き出されているから,日本のメディアは報道をためらったのではないか?  はっきりしているのは,有事は作り出すもの,作り出されるものということである.レシピは簡単,材料は軍隊と資本家とアメリカ大使館.敵は労働者と貧しい市民.味付けは「アカ」でも,「テロリスト」でも,「ドラッグ」でも,何でも良い.  一番大事なのはマスメディアである.情報には三つある.正しい情報とあやまった情報と,どうでも良い情報である.マスコミによる世論操作には三種類ある.選択し誇張した「事実」(というよりデマ)を伝えること,膨大な無駄情報を伝えること,正確な事実と大事な真実を伝えないことである.ベネズエラの場合も,まさにこの三つの操作が集中的に用いられている.
 オリンピック一色のテレビを見ていると、マスコミによる世論操作の影響力の強さを感じる。例えば、卓球で愛ちゃんの試合を生中継していても、他に出ている日本の卓球選手は生中継しないどころか、ほとんど取り上げることすらない。沖縄で米軍ヘリコプターが大学に墜落したニュースは重大事件のはずだが、オリンピック報道の陰で小さく取り上げられるだけだ。報道ステーションが熱心に取材していた位だが、古館氏は久米氏ほど人気がないので、このニュースを見ている人は少ないのではないか。  イラク人質事件の自己責任や中国アジアカップ反日ブーイング事件など、マスコミの世論操作力の強さを感じる事件は最近多い。日本でも有事法制との絡みで、ベネゼエラのようなクーデターが起こる余地があると思っておいたほうがいいかもしれない。  余談になるが、最近思い出すのが、1993年のNHKドラマ「エトロフ遥かなり」佐々木譲氏の『エトロフ発緊急電』を元にしたドラマでとても面白かったのだが、途中で南京大虐殺のシーンが出てくる。現在再放送したら、おそらく自虐的で反日的というクレームが殺到するだろう。もしかしたら、一部国会議員が国会で取り上げて、政治問題化するかもしれない。それを思うと、日本の世論も大きく変わったと思う。そうなったのも、不景気と中国の経済成長で中国に対する余裕が無くなり、強い日本を志向するようになったのが原因だと思う。民主党が選挙のときに「強い日本」というキャッチフレーズをつけたのには正直失望したが、リベラルだがポピュリズムの傾向がある菅氏がそのキャッチフレーズをつけたということが、時代の雰囲気をよく表している。  中国の反日が盛んに取り上げられるが、なぜ中国が反日になったのかという大元の議論が抜け落ちている。江沢民の愛国教育が原因だったとしても、日中戦争という大元は変わりない。日本で原爆の悲惨さが強調されるように、中国で日本の残虐行為が強調されても不自然ではない。そもそも、中華人民共和国は抗日を土台にして建国された国である。強硬派の江沢民が中央軍事委員会主席を退けば、反日傾向が収束に向かうのか。少なくとも、小泉氏が日本国首相である限り、そんなことはないだろう。日本は中国に対して言うべきことは言わないといけないが、相手を挑発するような大臣の靖国参拝は、自らを江沢民と同レベルまで貶めていることになりはしないか。結果的に国際社会で影響力を行使しにくくなったら、自分で自分の首を絞めていることになりかねない。  2004年7月15日に行われたチャベス大統領を罷免するかどうか問う国民投票は、約6割の信任という結果になった。信任投票というと、ナポレオンが皇帝に就任するために行った人民投票のプレビシットを連想するが、この投票は反対派が罷免を狙って、世界的にもユニークな憲法の大統領罷免規程を利用して、起こしたものだった。結果的にチャベス信任だけでなく、反米、反グローバリズムを宣言するものとなった。  日本では、田中康夫長野県知事がリコールされた後、住民投票で信任されたことがあった。これは地方自治法に規程があるリコールを行ったものなので、プレビシットではなくレファレンダムである。  両者とも、独裁的という批判も多いので、信任投票を機に強硬的な行政運営をすると、あの投票はプレビシットだったのかと批判されかねないところはある。  グレッグ・パラストはフロリダで行われた投票操作がベネゼエラでも行われるかもしれないと警告していた。 ベネスエラ:投票を前に(益岡賢のページ) 
でも、自由で公正なものとはならないだろう。数カ月前、ちょっとした誰かが、私にファックスを送ってきた。ジョン・アッシュクロフトの司法省とアトランタのチョイスポイント社という会社との契約に関する部外秘のページのようだった。取引は「対テロ戦争」の一環であった。  司法省は、納税者の金から6700万ドルもを随意契約でチョイスポイント社に支払うとしていた。数カ国の全市民に関する個人情報のコンピュータ・プロフィールに対してである。どの国の市民についてかが特に印象に残った。2001年9月11日のハイジャッカーたちはサウジアラビアやエジプト、レバノンアラブ首長国連邦出身者だったはずだが、チョイスポイント社のメニューが提案していたのは、ベネスエラ人、ブラジル人、ニカラグア人、メキシコ人そしてアルゼンチン人の記録であった。CIAが、自爆タンゴ・ダンサーが爆発型エンチラダを抱えて国境を越えてくるラテン型陰謀を発見したとでもいうのだろうか?  9月11日の攻撃に関係していなかったということ以外、これらの国に共通するのは何だろう? 偶然にも、いずれの国でも選挙に悪戦苦闘しており、それぞれの選挙で有力候補----ブラジルのルラ・イグナシオ・ダ・シルバ、アルゼンチンのネストル・キルシュネル、メキシコ・シティ市長選のアンドレス・ロペス・オブラドル、ベネスエラのチャベス----が大胆にも、ジョージ・W・ブッシュ氏の「グローバル化」要求に挑戦しているのだ。  チョイスポイント社が最も最近有権者情報を我らが政府に売り飛ばしたときは、ジェブ・ブッシュ州知事を助け、フロリダの投票で悪党の所在を突き止めパージするためだった。チョイスポイント社が示した悪党たちは、結局のところ、VWBつまり黒人のくせに投票をしようとする民主党支持者だった。このちょっとした「誤差」のために、アル・ゴアは大統領の座を逃したのである。  どうやら、ブッシュ政権はフロリダのショーを国境の南でもやろうとしているらしい。
 反大統領派は独自集計で罷免が成立していると訴えていた。フランス・ルモンド紙によると、16日、米国はベネズエラ国民投票結果を認めることを拒否し、反対勢力が唱える選挙違反について早急、完全かつ透明な調査を要求したという。選挙監視団を派遣していたカーターセンターや米州機構は「不正をうかがわせるものは見つかっていない」という声明を出した。その後、米国はクレームを撤回したが(ルモンド紙)、今回米国がクレームをつけたことはロイターも朝日も伝えていない。  だいぶ前の大統領で、民主党とはいえ、カーター氏はどこまで中立なのだろうかという疑問を持った。カーター氏はケリー支持とはいえ、ベネゼエラに肩入れするとも思えない。しかし、この声明を聴く限り、ワシントンのブッシュ政権とはだいぶ距離を置いているようだ。「The Nobel Peace Prize 2002」によると、
彼のカーター・センター(それは2002年にその20周年記念を祝う)を通して、カーターは大統領職以来ずっといくつもの大陸で非常に広範囲に、我慢強く矛盾の解決を試みています。彼は人権に顕著なコミットメントを示し、無数の選挙でオブザーバーを世界中で務めました。
とのことなので、カーターセンターは選挙監視団としては権威あるNGOなのだろう。  チャベスキューバカストロと仲がいいが、パラストによるとチャベス共産主義ではなく、反米ではあるが単にケインズ型の福祉国家を目指しているようだ。ベネゼエラがキューバ化するかのように誤解を招く記事も見かけたが、この辺りは大事なところであるから、新聞記者の方には正確を期してもらいたいところだ。 ベネズエラ:チャベス大統領、キューバの手法まねた貧困対策と農村開発へ(毎日新聞) 参考 ベネズエラの国民投票をめぐる情勢(media@francophonie) ベネズエラのチャベス大統領、信任される 国民投票結果(朝日新聞) ベネズエラで反大統領派市民に発砲 1人死亡(朝日新聞) 国民投票(韓国・中央日報) レファレンダム(referendum)とプレビシット(plebiscite)など 憲法改正以外の国民投票は憲法違反か ナシオン主権とプープル主権など The Nobel Peace Prize 2002